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Last updated 2002/8/15

簡単な略歴

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2001.6.20付 をもって転職し、その後半年以上経過したことからプロフィール公開に問題無しと判断しました。

<1982.03> (株)日立製作所 半導体事業部 入社
  1982年〜5年間、今で言うC/S型システムの開発に明け暮れていました。 当時、「LAN」と言う響きがあまり浸透していなかった頃、8ビットのパソコンと大型計算機でネットワークを組み、 主にパソコンの通信部とユーザインターフェースを開発していました。言語はBASICです。 通信プロトコルはBSC/非同期無手順などと言う半独自のネットワークアーキテクチャ論を掲げ、SYN/ACK/NAK等など頑張っていました。 このC/S型システムはパソコンにバーコードをRS232Cで接続し、今で言う生産ラインの動態管理システムとして構築していました。 インタープリタゆえに、ホストから送られてきたデータの表示処理が遅く、アセンブラで組み直すなど結構苦労したことを思い出します。

<1987.10> 同 ソフトウェア事業部 を経て コンピュータ事業部 へ
  その力量が認められてかどうかは定かではありませんが、製品ソフトウェアを作る事業部へ転属になりました。 ここでは、大型汎用計算機のネットワーク障害管理のソフトウェアを担当しました。当時ネットワークアーキテクチャの世界標準化の動きが活発で、 OSIを基本とした設計・開発を行っていました。しかし、OSIはTCP/IPに飲まれ、 今ではSNMPでのMIB情報とネットワークを理解するうえでのOSI7階層参照モデルくらいしか生かされていないように思われます。 言語はPL/Iとアセンブラでした。

<1991.03> 同 産業機器事業部
  さて次は、某研究所とのジョイントで生産計画から所要量計算(MRP)の生産系システムの開発に従事しました。 コンセプトは「ワークステーションに工場を入れる」で、計画をベースにシュミレーションしてしまうわけです。 私の担当は工場サイトに立った、データ設計とユーザインターフェースです。言語はCとMotif,Xlib等です。 この開発を通してしっかりとしたオブジェクト指向やデータ中心アプローチ,プロトタイプ技法等、 様々なソフトウェア工学的なものを習得できたと思っています。

  数年前からは、情報インフラがメインの仕事となっています。当初のNetWareサーバに始まり、Lotus社のcc:Mail等手がけてきました。 合せてネットワーク構築も大事な仕事で最近ではATMをバックボーンとしたスター型のスイッチングネットワーク等を立ち上げてきました。 当然時代はWeb化の方向に流れているため、DNSやProxyなども構築してきているわけです。その片手間がホームページの作成であったり、イントラネットとしてのCGI開発等、 まぁこのような時代、一人でなんでもやらされているって感じでしょうか? (ネットワーク管理にかつてのライバルOPEN/Viewを使っているのも皮肉なものです)

  単身赴任... 時代の波とでも言うのでしょうか、嫌いなWindowsNT(GUIが便利な反面ブラックボックスが多くて)やグループウェアなども手がけています。 ネットワーク環境もギガビットイーサへ変移し、レイヤ3スイッチルータなど ↑上に書いたATMはどこへ??? 凄まじい技術革新にほんろうされています。

  戻って来てからはインフラから少し距離をおき、C/S型生産管理系システムのイントラネット化推進を中心に、若手人材育成他、なかなか楽しくやりがいのある多忙な日々でした。

<2001.06> 同 依願退職

<2001.07> 出版社 入社
  〜現在 同 システム事業部

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